ミンガスを知っている側の人間か否か
「おまえミンガスって知ってる?」 大学在学時、唯一学科で音楽の話ができるジャズ研に在籍していた木村に聞かれた。 「チンカス?しらねえよ」 「おまえロックばっかり聴いてるよな?これ聴いてみろよ。ジャズだけどハマるぞ」 「なんだよ、その名前」と毒づきながら、俺は木村から手渡されたCDを受け取った。 黄色の背景に不格好な手のイラスト。お世辞にも洗練されているとは言い難い、どこか泥臭いジャケットだ。だが、安っぽいロックの輸入盤を見慣れた俺の目には、その無骨さが逆に異様な威圧感を持って映った。 「『Moanin'』……。なんか聞いたことあるな、その曲名」 「それ、たぶんボビー・ティモンズの方だろ。でも、これはミンガスだ。それもビッグバンド。おまえが聴いてるなんとかスクエアガーデンよりよっぽどパンクだぜ」 「ユニゾンスクエアガーデンはパンクじゃねえよ。それに俺はユニゾンスクエアガーデンを聴かない側の人間だ」 木村は不敵に笑って、研究室の古びたプレーヤーにディスクを放り込んだ。静寂を切り裂いたのは、地を這うようなバリトンサックスの咆哮だった。 一音目から、俺が知っている「お洒落で小綺麗なジャズ」のイメージは粉々に砕け散った。 まず、あの冒頭だ。バリトンサックスが吐き出す、象徴的なリフ。あんなに野太く、攻撃的なリードは、俺が心酔してきたロックのギターソロですら聴いたことがない。度肝を抜かれた。 それに、この音の重なりはどうだ。全員がバラバラに叫び、勝手な方向へ暴走しているように聞こえるのに、次の刹那には鋭い一撃となって、全員の音がピタリと重なり鼓膜を叩く。カオスの中にある、一瞬の、しかし絶対的な秩序。そのスリルに、背筋が震えた。 何より、この圧倒的な「厚み」だ。93年のライブ録音という生々しさも相まって、音がとにかく太い。腹の底に直接響くベースラインが、まるで胃袋を掴んで揺さぶってくるような感覚だった。 「どうだ?」 曲がクライマックスを迎え、怒号のような拍手がフェードアウトしていく中で、木村がニヤつきながら聞いてきた。 俺は言葉を失っていた。手の中のジャケットをもう一度見つめる。そこには『NOSTALGIA IN TIMES SQUARE』という文字が踊っていた。 「……ジャズって、こんなにうるさくて、こんなにかっこいいのかよ」 ケンカジャズ。そんな例えがぴったりくる。 俺の音楽の守備範囲に、強引に「ジャズ」という名の杭が打ち込まれた瞬間だった。